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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)58号 決定 1963年5月29日

抗告人 小岩井達子

相手方 小岩井幸

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の本件抗告理由は、別紙(一)(二)記載のとおりである。

一、相手方が、本件遺言は無効であると主張していることは、本件記録に徴し、明らかなところである。そして、右遺言が相手方主張のように無効であるとしたならば、もとより右遺言に定める信託関係は発生する余地がなく、当該受託者解任の審判もありえないわけである。しかし、右遺言の効力については現在訴訟を以て争われていることは本件記録に徴して明らかであり、現在その結果は直ちに予見することができない。したがつて、この間右信託関係についても、浮動の状態にあつてこれを放置するときは、受益者の利益を害する虞が少くないので一応右遺言が有効なものとしてその受託者の解任を決定することは違法ではない。

二、本件記録によれば、現在抗告人と相手方との間に、婚姻無効確認事件、遺言無効確認事件の訴訟が係属し、抗告人を受託者に選任し抗告人に対する遺贈を定めた遺言の効力等受託者たる地位の基本的かつ重要な点が強く争われており、現在受託者、受益者間に深刻な利害の対立が続き、両者が右訴訟をめぐり敵対関係にあり、現に信託財産に関する帳簿の閲覧にすら紛議を生じていることをうかがうに十分であり、このような場合においては、抗告人が受託者の職務を執行するについては相当な困難が生ずることが予想され、その事務の処理に当つても、相当法律上の知識を必要とするから、受託者である抗告人を解任し、法律知識がありかつ、公正と認められる第三者に信託財産の管理をさせるのが相当であつて、信託法第四七条にいわゆる「重大な事由あるとき」に当ると認むべきである。

三、受託者が任務に背いたとき、その他重大な事由があるときは、裁判所は申立によつて、受託者を解任できるのであつて、このことはたとい受託者が遺言によつて選任されたものであつたとしても、異るものではない。

四、裁判所が信託財産管理人を選任する場合利害関係人の意見をきくことができるけれども、その義務を負うもはないから本件財産管理人の選任に当り、受託者又は他の受益者の意見をきかなかつたとしても、なんら違法い。

五、以上のとおりであつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべく、主文のとおり決定する。

(裁判官 牧野威夫 満田文彦 渡辺卓哉)

別紙(一) 抗告の申立書

申立の趣旨

原決定を取消す

申立人の申立を却下する

申立費用は申立人の負担とする

旨の決定を求める。

申立の理由

長野地方裁判所松本支部は昭和三十八年一月二十六日申立人の請求を容れ、被申立人を信託財産に対する受託者たる地位からし且つ信託財産管理人を選任する旨の決定をしたが、右申立人の請求は左記のとおり全く理由なきものであり且つ右決定により立人の受託者としての権利は害せられるので、非訟事件手続法第一九条、第二〇条に則り、本抗告をする次第である。

第一、被申立人と申立人等受益者とは敵対関係にあるとの主張について

申立人主張の様な訴乃至申立が提起されてはいるが、これらは何れも、申立人が訴訟能力なき禁治産者(昭和三十七年十月十一日附長野家庭裁判所松本支部審判)たる小岩井翠と共に提起したものでありその請求は全く理由のないものである。被申立人は申立等の不法、不当の請求は之を排除するが、感情的に受託者としての任務を左右することはないのであつて、両者間に敵対関係と称せらるるものは存しない。申立人の主張する所謂敵対関係は申立人が自ら好んで作出した外形的状態に過ぎないのである。

第二、被申立人は受託者として不適当であるとの主張に付て

(一)、被申立人が受益者や相続人に全く無断且つ一方的に信託事務を処理しているとの主張について

信託財産の受託者が事務処理を行うには、信託法その他の法令の規定を遵守し、信託の本旨(本件の場合委託者たる亡小岩井宗忠の意図した目的)たる「普及会の創立精神に基き維持発展をはかるよう」(遺言書第六条)善良なる管理者の注意を以て之を行えば十分であり、受益者の意見を求めたり之に相談をする法的根拠はどこにも存しない。従つて右の主張は全く根拠のない非難と謂うべきである。のみならず申立人は現在遺言信託の基本たる遺言の無効確認の訴の原告であるから、之に対し信託事務の処理につき意見を求めることは無意味であろう。

(二)、信託事務の処理内容が不明であるとの主張について(イ)被申立人は遺言状により受託者になつたことを知り受託を引受けるや、直ちに信託財産の目録を作成し、誠実に信託事務の処理を行い、之をその都度帳簿に記載し、事務処理及び計算を整然と明らかにし且つ年一回の財産目録を調製して受益者その他利害関係人の要求があれば何時でも閲覧し得る状態にあつた。

(ロ)、信託事務処理の実際(記録その他)に当つては事務補助者として山崎勝己をして処理の正確を期している。この場合もとより、信託事務そのものを山崎に委せたものでなく、被申立人自らの独自の判断と責任に於て山崎に手伝はせていたに過ぎない。

(ハ)、受益者の一人たる申立人からの帳簿閲覧申込を拒否した事実はない、申立人が昨年十月中旬頃突然荒々しく電話で帳簿の閲覧を求めて来たことはある。申立人は遺言状の無効を主張して訴を起している原告であり、又被申立人に対し非常識な態度をとつている(申立人は昨年八月四日突如として被申立人の居宅に荷物を持込み被申立人に対し此処から出てゆけ等と暴言を吐き、家人の制止もきかず住居侵入の態度に出たので、被申立人は止むなく担当弁護士に依頼し警察の協力を得て屋外に退去させたことあり)ので、立会人なくして之に閲覧を許すことは不測の事態の発生が危惧されこれは適当でないと思つたので山崎勝己(前記信託事務の補助者)に連絡するから、その上にしてほしい旨返事したところ、申立人は再び荒々しく電話を切つて了つたものである。

右の事実を以て閲覧の拒否とは全くの言掛りである。帳簿書類は前記の如く、何時でも閲覧され得べき状態にある。

(三)、申立外一株主から株主総会決議取消の訴を提起されていることは事実であるが、このことは被申立人が受託者として不適任との理由にはならない。右訴の取消原因として、被申立人が受託者として、信託財産たる株式の議決権を行使したことを掲げているが、受託者は所謂完全権を有するもので、適法に株主名義の書替をふんだ上の株主権の行使が正当でないいわれはない。之を違法とする主張は特異な見解に立つたものであり、既に之を理由とする取締役の職務執行停止仮処分の申立は長野地方裁判所松本支部に於て理由なきものとして却下の判決が下されている。のみならず、現在斯る訴訟は会社経営権の争奪の手段として提起されていることが明らかであるから、かかる訴訟が起されている状態であればこそ、この際裁判所は、会社経営の担当者に回復し難き重大なる影響を与える結果の発生が予想される受託者解任の決定は最も慎重を期すべきであり、軽々に為すべきではない。

(四)、申立人は受益者の一人である被申立人が受託者でもあることは公益上不適当であると主張するが、共同受益者たる場合受託者が受益者の一人たり得ることは法の認めるところであり(信託法第九条)本件信託に於ては受託者は専ら信託目的に従い財産の管理をして居り、苟も自己の利益を図つたり受益者の利益を害した事実は一度もない、又その惧れもない。

尚受託者たる被申立人が受益者の利益配分を一時差控えている理由は、現在受益者の一人である申立人より遺言無効の訴訟が提起され、遺言信託の効力に付て争はれているから、この争が一応落着するまでその支払を延期することは善良なる管理者の義務を果す上から云つて当然の措置である。

(五)、申立人は相続財産目録が事実に反すると主張するが、相続財産目録には相続開始当時知れたる財産を悉く記載したはづである。若し万一何かの脱落、誤謬があるとせば、それは決して悪意に出たものではない。又仮りにかかる財産が他に存するならば、相続人たる申立人に於て遅滞なく正式に遺言執行者たる被申立人に異議を申出るべきである。被申立人は今日まで遺言により遺言執行者として誠実にその職務を執行しているが、図らずも申立人から遺言無効の訴を提起され、遺言の執行に支障を来している状態である。

第三、被申立人が受託者としての能力を欠いているとの主張について

この主張は全く根拠のない主張である。

(一)、受託者に要求される注意義務は善良なる管理者の注意義務であり、職業やその前歴の如何を問はず、その職業や階級の人として普通に要求される注意能力である。被申立人が看護婦の経歴を有することは事実であるが、信託事務の処理に必要な能力は十分であり又委託者が特に、被申立人を受託者と定めた遺言を尊重することが委託者の意図に叶ひ信託目的にそう所以であり、之を無視して軽々しく受託者を解任することは不当の甚しいのみならず、「看護婦」を云々することは職業による人の差別を認めない憲法の規定に反する。被申立人は普通の能力を有し如何なる点からしても受託者として不適当、無能力の理由は存しない。

(二)、尚被申立人は重要なる信託事務を処理するに当つては、その判断が恣意に互らぬ様に、遺言の条項の定めに従い、委任者の生前より引続き会社の経営を担当している山崎勝己及公正なる第三者である岩垂肇の意見を徴している(例えば株主総会の議決権の行使に付て)。

委託者が遺言に於て信託条項の中に受託者が「信託事務を処理するには其の都度必ず山崎勝己、岩垂肇の同意を得ること」(遺言書第七項)と定めた趣旨は受託者の事務処理が或いは恣意に互つたり又は適正な判断を欠く様なことを防止する遺言者の配慮から、永年当該会社の経営を担当し且つその力量人物を信頼し得る山崎勝己と、生前人格的にも尊敬していた学識経験者たる岩垂肇の意見を求めて信託事務の処理に誤なきを期そうとする慎重周到なる配慮に出たものと推測するに難くない。

第四、被申立人の主張

(一)、信託の目的は受益者の利益を指向するものであるが、無条件に受益者の利益のみを図るものではない。現実には具体的に委託者の表現した意思表示を基礎とするものである。従つて信託財産は委託者、受託者、受益者の何れからも独立し何人にも属しない独立の存在である。

されば、受託者の信託事務処理が、法令を遵守し信託の目的に従い行はれている限りは、その処理の仕方に付て、仮りに受益者の或る者の意向に副はぬものがあるとするも、それが客観的に受益者の利益を害する如き顕著な事蹟が存し又はその惧れのない限り、受託者を解任することは許されないのである。

(二)、遺言信託に於ては遺言者(委託者)の意思は最も尊重さるべきものである。遺言者宗忠は先代の創業にかかる株式会社蚕種消毒普及会の社長としてその事業を主宰していたが、晩年に健康を害していたから数年間は業務執行の実際面を信頼する腹心の山崎常務取締役に当らせつつも、重要な問題は病床から一々指揮を執つていた。一方遺言者は先妻とはその不貞を原因とする離婚となり、兄妹仲は疎遠対立の関係にあつた為、自己に献身的に愛情を傾け看護の誠をつくして呉れた受託者(当時三原達子)(後に結婚して小岩井達子)に自己の亡きあと自己に代り会社の事務を承継させたいとの考えから、相続による様式の分散をおそれ、自己名義株式全部を同人に信託しておき、やがて自分の死後は受託者たる被申立人が株主総会に於て役員に選出されることを期待すると共に、他面信託財産の収益(株式配当金及び地代)を推定相続人たる申立人、老後の生活の配慮からその実母及び受託者たる被申立人の三名に分配すべく指定したものと推測されるのであつて、本件信託の目的をこの様に解することが最も自然且合理的と謂はねばならぬ。

然るに今突如として首肯すべき何等正当の理由なく受託者を解任して信託財産の管理処分の権能を奪うことは遺言者(委託者)の信託目的たる「信託の本旨」に反する結果を招く虞が多分に存するのである。何となれば、遺言者死亡するや逸早く嘗て当該会社の役員で前社長から追放された者がこの機を捉え経営権の奪回を策謀し或は定時総会の決議に於ける些細な瑕疵を捉え又は勝手な法律解釈を弄し総会決議取消の訴を起し、或いは又現取締役会長なる被申立人や取締役社長山崎勝己の業務執行停止の仮処分を申立て、或いは禁治産の宣告をうけた小岩井翠をして、遺言無効、婚姻無效の訴訟を次々起している。これらの訴訟は現在裁判所に繋属中であるが、何れも理由なきものであつてやがて敗訴に終るべきこと明らかである。

その内前記仮処分の申立については長野地方裁判所松本支部の慎重且公正なる判断により理由なしとの判決が下されている。斯る情勢下に於て正当なる理由なくして被申立人の信託財産に対する受託者たる地位を解任して総株式の三分の二を占める、信託財産たる株式の管理権を奪うことは、会社の現役員等の地位を危うくするのみならず委託者の企図した事業の遂行に困難をもたらし信託の本旨に反する結果となることは必定である。若し万一にもこの様な理由なき解任決定が続けられるとすれば、不正、不当な手段による会社経営権の争奪の我慾達成の企てに裁判所が奉仕する結果となるであらう。又現在繋属中の本案訴訟に決定的な影響を与え、事実上その判決を不必要ならしめることになるであろう。

(三)、本件受託者解任並に信託財産管理人選任の決定は、その決定にあたり、利害関係人たる受益者の一人である受託者及びもう一人の受益者翠の意見(同人に付ては後見人)をもきかず申立人の一方的言い分に従い突如決定されたもので洵に不当であると謂はねばならぬ。

以上何れの点から考えても受託者解任決定は不当であるから取消さるべきものと確信し且つ取消を求める。

別紙(二) 抗告理由補充申立書

第一、本件受託者解任の申立は遺言無効確認事件の申立人の主張と相反する違法がある。

一、原審申立人小岩井幸は同被申立人(抗告人)小岩井達子に対し遺言無効確認の訴を提起し、同事件は目下長野地方裁判所松本支部昭和三七(ワ)第一五号として同裁判所に繋属している。而してこの訴において申立人は本件遺言信託の基本となる亡小岩井宗忠(抗告人の夫)の遺言の無効を主張しているのである。(申立人提出「受託者解任申立書」添付書類中「遺言無効確認の訴状」写参照)

二、然るに、右遺言信託の基本となる遺言の無効を主張する同一人(原告小岩井幸)が、今度は当該遺言の有効なること、従つて遺言信託の有効なることの前提に立つて、受託者(被申立人・抗告人)の解任の申立をすることは、明らかに矛盾する行為であつて法律上許されないものである。原審がこの点を看過し、受託者解任の決定を為したことは違法であり取消さるべきである。

第二、申立人の主張する所謂敵対関係に付て

一、この点に付ては抗告人提出昭和三十八年二月一日附抗告申立書中「申立の理由」第一に於て概要を記載したが、更に左の通り追加補充する。

二、申立人は、被申立人と申立人等受益者とは敵対関係にあると主張するが、これは笑止千万も甚しいものである。若し両者の関係を敵対関係と云うならば、それは申立人自らが作り出した敵対関係である。

三、被申立人(抗告人)は夫亡小岩井宗忠(申立人の父)の最後迄看護の誠をつくし、夫の死(昭和三六年一一月一日)後はその遺言状の検認(同年一二月一日………本申立書添付証明書並に封筒参照)によつて自己が遺言執行者に指名されていることを知るや、遅滞なく遺言執行の事務に着手し、先づ

1、相続財産の調査・財産目録の調製を行い、相続人たる申立人及び申立外小岩井翠に対して遺言状の写及び財産目録を夫々発送(同年一二月三一日)(以上前記申立書添付書類中「遺言書写」「被申立人相続財産目録」及び本申立書添附「書留郵便受領書」二通参照)すると共に、

2、当時精神分裂症で松本市倉田病院(精神病院)に入院中の受益者小岩井翠の行為能力を補充する必要あるため、同人の後見人選任の申立を長野家庭裁判所松本支部に為し、更にその候補者の指名を追補するなどして右決定をうながした。

3、更に信託財産の内不動産に付てはその公示の登記手続を、又信託株式に付ては株式会社蚕種消毒普及会に対して受託者えの名儀書替を完了し、又特定遺贈の不動産に付ては受遺者名儀に登記引渡を完了しつつ、相続問題に付ては申立人等と顔を合せて話し合えば簡単に解決する問題であるので申立人の帰国を懇請し、申立人のイタリーからの帰国を待ちわびたのである。

(本申立書添付昭和三七年一月三〇日附小岩井達子から小岩井幸宛書面控及び書留郵便物受領証参照)

四、ところが

1、申立人は帰国しないのみか、被申立人(抗告人)と亡夫小岩井宗忠の住居であつた東京の家屋(これは亡夫が申立人名義で建築したもの)を即時明渡すよう担当弁護士を代理人として強く要求して来たので、被申立人は素直に之を明渡して松本の現住所に生活の本拠を移したのである。

2、申立人は更に、右弁護士を代理人として、真正に成立している遺言書の無効を主張し、又、社会的にも法律的にも一点間然する処なき被申立人と亡夫との婚姻の無効を主張して次々に訴訟を提起し来り、(申立人提出前記受託者解任申立書添附「遺言無効確認訴状写」「婚姻無効確認訴状写」参照)被申立人はその応接に暇なき有様である。これらの訴訟は被申立人に対する人間として受ける最大の侮辱でなくて何であらうか

3、又申立人は昭和三七年八月四日午後一時全く突如、被申立人の住居(松本市大柳町)に布団や荷物を持ち込み、一言の挨拶もなさずいきなり被申立人に対し、「すぐここから出て行きなさい。」とあたかも自己の僕卑に対する言葉をもつて荒々しい態度を示し、家人の制止にも拘らず無断で同道者をして更に荷物を持ち込ませようとする等、住居侵入的行動に出たので、止むなく弁護士に連絡し、警察の協力を得て午後九時漸く屋外に退去せしめる事を得たのである。

4、さきに被申立人からなした小岩井翠に対する禁治産宣告、後見人選任申立に対し、昭和三七年一〇月一一日前記裁判所が慎重審理の上禁治産宣告、後見人選任の審判をなした(本申立書添附審判書謄本参照)のに対し、申立人は何の理由もなく貴庁に即時抗告をなしてその確定を妨げ、相続人間の話し合いの機会を故意に遅らせている。

5、又申立人は右審判があるや、従来被申立人が保護者としてその費用を負担し入院せしめていた倉田病院から同年一〇月二九日医師及び被申立人の同意を得ず勝手に精神病者小岩井翠を連れ出して了つた。(本申立書添附医師倉田みねこ作成報告書及び倉田吉清作成証明書参照)

6、以上の外申立人が被申立人に対し直接間接となつている憎悪と侮蔑にみちた行動は枚挙にいとまがない。

五、申立人のかかる態度は、たとえ被申立人が過去に於て申立人の亡父の病院に勤務していた看護婦であつたとは云え、その後正式に亡父の妻となり、その臨終まで献身的な看護に務めその社葬(申立人は之に列席しなかつた)にも公然と喪主として列し、社会の誰一人これを怪しまなかつたその人に対する正常な態度と云えるであらうか。

この様な度重なる重大な侮辱にも被申立人は默々として耐え忍んで、只管亡夫の霊を慰めつつ未亡人として立派な生活を続け(同年一一月二日の一周忌には近親者の法要を勤行している)又受益者の一人である亡父の母(申立人の祖母)小岩井みよのと円満に同居し(本申立書添附住民票抄本参照)ながら、申立人が平穏に話し合う態度に出て来るのを待つているのである。

六、然るに申立人はその態度を改めないのみか、今回遺言信託財産の受託者たる地位を被申立人から奪わんとして、受託者解任請求の申立に及んだのである。これは亡父の経営した株式会社蚕種消毒普及会の経営権を亡父(前社長)死亡の期に乗じ争奪せんと企て、昨年の定時株主総会に於ける些細な瑕疵を捉え、或いはその他特異な法解釈を弄して信託株式の受託者たる被申立人の議決権行使を無効として総会決議取消の訴訟を提起したり、現役員の職務執行停止仮処分の申立(これは既に理由なしとして長野地方裁判所松本支部に於て却下されている………抗告申立書添附判決書参照)をした一部策謀家と一体となつて為された行動であることを推測するに難くない。又これは世間一般周知のところである。

七、以上の次第であるから、申立人が「敵対関係」を云々する資格はなく、この「敵対関係」を醸し出している張本人は申立人自身である。申立人さえ心を入れかえれば、何時でも直ちに消え去るべき「敵対関係」である。之を理由とする受託者解任の申立はまことに申立人の身勝手な申立であり、又信義則に反するものと云わねばならない。

従つて斯る申立を採り上げて為された原決定は直ちに取消されねばならない。

八、尚本抗告事件の審理に当り是非左記の者を御審尋下さるか又は口頭弁論を開いて御訊問下されたく願います。

長野県松本市大字北深志大柳町九八番地

抗告人 小岩井達子

同県更級郡上山田町大字力石七二一番地

蚕種消毒普及会社長 山崎勝己

同県塩尻市大字大門

信州大学教授 岩垂肇

同県松本市逢初町普及会社宅

普及会取締役 永井覚

尚必要に応じ申請いたします。

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